2006年10月15日

祭り。



「……息、苦しいよね、コレ」
 お面を外して、彼女は呟いた。
 小規模とはいえ、出店が商店街の道の両側にあふれている、地方の祭り。出店の並んだ先にあるのは、これまた普段は誰も足を運ぶことがないであろう、小さな赤い鳥居。
 それでも、こんな寂れた田舎町にどれだけ人がいたのだろうかと思うほど、今日は人ごみでごった返していた。
 地方の三流大学へと進学した俺に、高校卒業以来久しくあっていない彼女からのお呼びがかかったのがつい先日。そういえば、彼女もこっちの方に出てきていたのだということを聞いた覚えがある。
 ――それにしても、何故今、俺なのか。しかもこんな、小さな祭りに。
 家が近くにでもあるのだろうか。それとも、親戚の家でもあるのだろうか。
 というより、物覚えの悪い俺ですら忘れかけていたというのに、何故あっちの方が覚えていたのか。
 高校卒業したての頃の俺ならば、多少はそういう自分勝手な妄想でいくらかの収穫かを期待もしただろうが。
 ――今更言われてもな。
 左手の薬指を意識する。つい数ヶ月前までは右手にはまっていた指輪が、ものは違うにせよ左側へ移ると、やはり違和感があった。
 ――そりゃ、報告はしなかったけどさ。忘れかけてて。
 メールを受けたとき、すぐに行けないと返信するべきだったかもしれない。だが実際来て見ると、暗くてよくは見えなかったが、彼女の左手にも指輪がはまっていて、更に俺を混乱させたのだった。

 しかし、先方の意図は抜きにしても、久しぶりに会うクラスメイトとの会話が、思いのほか弾んだのは確かだった。
 クラスで一番の秀才がどこへ行ったか。付き合っていた二人がどうなったか。ヤンキーだったクラスメイトは今何をしているのか。
 結構意外なところで彼女は繋がっているらしく、俺の知らない人間の行方なども知っていた。
 ――もしかしたら、これが知りたかったのかもな。
 俺の友人で、行方を知りたい人物がいるとか。
 正直に、なぜ俺に連絡を取ったのか、聞いてしまった方がいいかもしれない。
 だが、彼女が時折見せる、なんともいえない暗い表情を見ると、直接聞かない方がいいのかもしれない、と思いなおさせられる。
 俺もだが、彼女も祭りに来るのは久しぶりなようで、結構二人で出店を回っていると、楽しめる事も多かった。とても数年ぶりにあったとは思えない程に。
「ね。最近金魚すくいやったのって、いつ? 結構久しぶり?」
 定番中の定番、金魚すくいの出店の前でしゃがんで、お面をこちらに見せながら、彼女が聞く。
 考えてみると、久しぶりのような気がした。どれくらいを久しぶりとするのか分からないが、ここ数年はやっていない。
 素直にそれを告げると、彼女は数秒程度、揺れる水面を覗き込んで、そう、とだけ答えた。
 さっきまでのテンションとは全く違う沈んだ声に、衝撃を受ける。
「やっぱり、思い出せないんだね」
 その一言が引き金だった。
 周りの人間が一度に色めきだち、彼女につめよる。先ほどまでのんびり煙草をふかしていた金魚の屋台の親父も、彼女のすぐ横で金魚を見つめていたカップルも、後ろでお面を品定めしていた親子連れも。
 周りの全ての視線が、俺と彼女に注がれていた。
 言葉はどれもそれほどきつくはないが、内容と口調はそれを補って余りあるほどきつい叱責が彼女に向かって、四方八方から投げつけられる。
「花京院さん、またですか?!」
「もういいかげん、諦めた方がいいんじゃないですか?!」
「いつまで過去に縋り続けるんですか!」
 彼女は勢い良く立ち上がると、それに負けない声量と語調で、喚き散らした。
「うるさい! ちゃんとお金は払ったでしょう?! 何の文句があるんですか!」
 今まで俺には向けた事のないような形相で周りを睨みにつけ、暫く聞くに堪えない罵声を振りまくと、彼女はうつむいて、ぴたりと叫ぶのを辞めた。
 遠くに聞こえる間の抜けた音楽が、彼女が叫び終わった静寂の間を埋めるように、しみこんでいく。 だが、人の手による、太鼓の音や、祭り囃しなどはもう全て、聞こえなくなっていた。

 俺は、もう全てを思い出していた。
 奇妙な記憶喪失症にかかっていた事。
 大学に入ってから再会した彼女――妻に関する記憶だけが抜け落ち、そして『思い出す』という単語を引き金に、一時的に全ての記憶が戻るという、奇妙な記憶喪失。
 多分、目の前にいる彼女は、なんとか『思い出す』という単語を俺に聞かせずに、俺に自発的に記憶を取り戻してもらいたかったのだろう。思えばこの祭りは、俺が彼女に告白した祭りだった。金魚すくいで起こったハプニングも、この後どこに行ったのかも覚えている。
 どうやったのかも分からないが、わざわざこの祭りに手を回して、『思い出す』という単語を言わせないために金までばら撒いたのだろう。
 もちろん、この後俺がどうなるのかももう分かっていた。
「ごめんなさい……」
 目の前にたった彼女が、さっきとは打って変わって小さく見える。
 ――いや、もう本当は三年程度ではないのかもしれない。今俺の持っている記憶が、正しいとは限らない。
 彼女の目じりや、肌を見て、そう考える。去年の俺は、こんな事まで考えられたのだろうか。
 いつの間にか祭りは、先ほどのような活況を取り戻しつつあった。どこからか聞こえる『思い出す』という単語だけが耳に入り、頭に響いてくる。
「そろそろかな」
「……らしい」
 頭が痛くなってきた。
 小さく救急車のサイレンが聞こえてきた。俺のだ。
 ――もう、手慣れたもんなんだな。
「また、来年、かな……」
 力が抜けていく俺の体を抱きしめながら、彼女が震えながら呟いた。
 明日かあさってか、俺はまた何事もなかったかのようにベッドで目覚め、彼女は『思い出す』という言葉を使わないようにしながら、俺の妻として一緒に暮らすのだろう。彼女の過去を知らない夫と。
 そして、また俺の記憶に残っていそうなイベントの時には、クラスメイトに戻って携帯にメールする。
 だが、俺はなぜ気付かなかったのだろう。妻と同一人物だった事に。何故きづかなかっ
 
posted by みもん at 01:24| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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