2006年10月08日

花園。

「まったく、あの子は……」
 そこら中に散らかったじょうろ、茎を束ねるためのワイヤー、ハサミ、植木鉢といった園芸用具を眺め、天草早苗はため息をついた。結局あの子は、片付けるところだけは私たちに似なかった。これも、ほとんど叱らずに育ててしまった弊害の一つなのだろうか。
 おそらくは、隣で同じものを眺める夫も同じ事を考えているのだろう。
 植物好きな娘が、物置代わりに使われていた地下室を改造――と言っても机を配置したり、白熱灯を配置したりして擬似的に温室を再現しただけのものだが――した、地下の小さな植物園。
 高校生になった娘曰く、日光に弱い植物ばかりを集めたものだったらしい。一家の地下室を丸ごと娘の遊び場にしてしまったと聞くと、友人知人はいかにも一家がかなりの豪邸を持っているかのように思うようだが……実際は単に、夫婦の二人ともが地下室を持った家になど住んだことがなかったので、持て余していたというのが実情だった。
「母さん、このハサミどこにしまえばいい?」
「ああ、それはこっちの棚」
 いや、それすらも言い訳かも知れない。
 夫から大振りなハサミを受け取りながら、考える。
 ――今まで、ほしがるもので与えられるものは、全部与えてきた。家計を圧迫しない程度の金で買えるものは、全て。
「ここも、もうちょっと明かり増やした方がいいかもなぁ……」
 手元がよく見えない事を愚痴りながら、夫はしゃがみ、散らばったワイヤーをまとめている。気付けば、後頭部にも白髪が目立ち、髪全体のボリュームも少なくなっている気がする。
 光が少ないのは、今までは娘の多苗がこの部屋に一番入る人間だったからだ。植物に与えるための最低限の光以外は、必要なかった。
 娘は、目が見えなかった。
 まだ、出生前診断――子供がおなかにいる状態の時に、障害や疾病を持って生まれる可能性を計測する診断方法――が普及する前の事だった。思えば年月が経ったものだ。今は、何パーセントでどんな障害を持って生まれてくるのか、ということすら解るらしい。
 ――もっとも、それが必ずしも良い事だとは限らないが。
 ショックに備えるという意味なら、よい事だろう。生まれる前から、障害にあわせた準備が出来る。もちろん、それは産む事を前提に考えた時の話だが。親が中絶――経済的な負担を理由としたそれは、もはや合法的な子殺しだ――という安易な解決法をとらない保証などない。
 ――私だって、生む前に解っていたら、どうなっていたかわからない。
 そう簡単に割り切れるものではない。

「あれー? お母さん、片付けてくれてるー?」
 出してあったものをあるべき所へ収め、散らかった落ち葉や小枝を掃き、片づけが一段落したところで。
 後ろから声がした。
 ――片付けてくれてる、じゃないだろう。
 もはや苦笑しながらも、後ろを振り返る。中腰での作業が段々と辛くなってきたのは、やはり年齢のせいだろうか。
 振り返った先の戸口には、最近私に益々似てきたとよく夫に言われる、娘の姿があった。二十年以上昔の自分の顔など、もうどこのアルバムに入っているのかすら思い出せないが。少なくともこれほど緊張感のない声ではなかったとは思う。
 娘と一歳しか離れていない弟も、その後ろから姿を現していた。思わぬところで一家が集合したことになる。
「うわ、綺麗になってるし。っていうか、姉貴が片付けなさ過ぎるんだよ」
「あたしは今日やるつもりだったんだよー」
「そんな事いいながら、いっつも片してるのお袋じゃん」
 と、二人が揃うとすぐに口喧嘩が始まる。それでも、互いに避けあったりしないところは、仲の良い証拠かもしれない。
 今年晴れて高校へ進学した弟は、健常者だった。一歳差とはいえ、姉よりも頭一つ分背も高く、野球好きの健康児だ。
 娘の方も、幸い目が全く見えない以外の障害が出ることはなかった。最近は弟と同じ学校へ通う男の子の彼氏も出来たそうだ。
 ――それも、ここにあまりいなくなった原因かもしれない。
 私のこだわっていた、見える見えないというものを超えて、この子は育ってくれた。
「あれ、コレ、薔薇? 夏が季節じゃなかったっけ?」
「そうだよ。でもここ、暖かくしてるから。難しいんだから、触んないでよ」
「薔薇って食えるってホント?」
「食べるな!」
 じゃあ、今夜は薔薇の天麩羅でも作ろうかしら、などと言いながら、早苗は大きく伸びをした。
「お母さんまで! 駄目だからね!?」
「いいじゃん、どうせ咲いても枯らすんだから」
 またしても喧嘩が始まる。
 もしかしたら彼らは、とてもいい関係の兄弟に育ってくれたのかもしれない。
「あんたはカリフラワーでも食べてろ!」
「なんでだよ……」
 傍らの夫を見やると、彼もまた同じような事を考えていたようで、苦笑しながら一連のやりとりを眺めていた。
「お父さーん!」
 ちらりと目配せをされる。色々な感情がこもった、一瞬の視線だった。そして、彼女が返すのも同じ目配せ。
 この年齢にもなって、なんだかそれは、とても乙女チックなものだと思ったが。多分、一つの言葉に集約するならば、この言葉に込められているのだろう。

 ――ありがとう、と。 
posted by みもん at 00:20| Comment(2) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おお! 多苗ちゃんの(母語りだけど)掌編が!!
Posted by 三紀 at 2006年10月09日 10:26
三紀さんに教えてもらって来たら本当だ!!
ちょっと感動した!!!
Posted by ひの at 2006年10月09日 20:28
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。